第三幕 悲しい真実①

次の日、砂亜羅と剛が学校に行く途中まで一緒に歩いていた。

「なぁ、お前昨日の夜、何してた?」

「へ? 別に何もしてないよ。どうして?」

「なんか窓を開けるような音が聞こえたからさ」

「ふうん」

砂亜羅が他人事の様に言った。

剛は時計を見て、

「あっ! やべっ、遅刻しちまうよ! じゃあな」

と、前へと走り出した。

「あ、ちょっ、お兄ちゃんってば!」

走り去っていく剛に砂亜羅は「もう、何なのよ」

と、不満を感じていた。

砂亜羅ちゃん、おはよう」

声がする方を振り返ると、飛鳥がやって来た。

「おはよう、風上」

飛鳥の横に剛と同い年である砂亜羅の彼氏の桜田(さくらだ)敦史(あつし)が立っている。

敦史が砂亜羅に「おはよう。なぁ、剛は?」

と、聞いてきた。

「さっき走って行っちゃったよ」

と、少しむくれて言うと、敦史が「何むくれてんの?」

「別に、早く行った方がいいんじゃない?」

「ああ。でも、何かあったんなら言えよ」

と、心配そうに走り去っていった。

「相変わらずお熱いですわねー」

飛鳥がからかいながら笑っている。

砂亜羅は、「ばっ……へ、変な事言わないでよ」

どんどん蒸気する顔を見ながら、飛鳥は笑っている。

「さ、学校へいこう。私達も遅刻しちゃう」

と、歩き出した。

学校の前まで来た時、人だかりが見えた。奥の方には赤い光を放つものが見えた。

「どうしたのかなぁ」

と、風上が言うと、

「行ってみようよ」

と、砂亜羅が言った。校内から誰かが運ばれてきた。警察官が校長先生と話している。

人混みの中から少しだけ見えた救急車に砂亜羅たちはぞっとした。

「死んでるの?」

砂亜羅は、険しい顔をした。

飛鳥は「これはもう、ただの偶然じゃないよ。吸血鬼は、夜の学校に出てくるんだよ」

と、何か決定付けるように言い出した。

「でも、他の学校には出たことないよね」

二人の間に、ものすごい恐怖が流れ込んできた。

「あー怖っ!」

砂亜羅が、両腕を組んで少し身震いをした。すると、割りと気の強い飛鳥は、

砂亜羅ちゃん。今日の夜、学校に乗り込もう」

と、言い出した。それを聞いて砂亜羅は、

「えー! 本気で言ってるの? 殺されちゃうかもしれないんだよ! やめようよ」

「えー、いいじゃん。私と砂亜羅ちゃん、あと、砂亜羅ちゃんのお兄ちゃんと桜田君の四人でさ、吸血鬼を捕まえてやろうよ」

と、なんだかやる気満々。

「でも……」

砂亜羅は嫌だと言いつつも、最終的には丸め込まれてしまった。

授業が終わると、砂亜羅たちは剛と敦史が通っている聖芸術慶塾大学に向かった。

「遅いね、お兄ちゃん達」

「うん。来ないね」

飛鳥と砂亜羅がそんな会話をしていると、

「おー。めずらしいじゃん」

と、剛が砂亜羅の頭に手をのっけた。

「ちょっ……何すんのよー」

そう言って砂亜羅は、剛の手を払いのけた。

「桜田君は?」

ちょっと怒り口調で聞くと、

「え? あぁ、もうすぐ来ると思うけど……何、お前らデート?」

「ちっ、違うわよ!」

焦っている砂亜羅を見て、飛鳥が笑っていた。

飛鳥は何か思い出したように、

「あっ、そうだ、本来の目的を忘れるところだった」

と、言うと、

「本来の目的?」

と、剛が聞いてきた。

「あっ、そうそう。お兄ちゃんにも関係あるから一緒に待ってて」

と、砂亜羅が言って剛の袖を掴んだ。

「俺も?」

剛が、わけのわからない様な顔をして言った。

「あ、桜田君きた」

砂亜羅が、敦史に手を振りながら敦史を呼ぶと、敦史も、砂亜羅たちに気付いて走ってきた。

「よぉ、珍しいな。砂亜羅たちがここに来るなんて」

敦史はそう言って合流し、砂亜羅たちは帰り始めた。

話は、ここじゃぁちょっと…という飛鳥の言葉で、場所を変えた。

飛鳥が一歩前に出て「今日、大学に寄ったのには、わけがあったんです」

と、言い出した。

そして、少しためらって、

「今夜、一緒に学校に乗り込んで、吸血鬼を捕まえるのを手伝ってください」

と、頭を下げた。

一瞬、二人の目が点になった。当たり前のことだ。普通、こんなことを言われたら“一緒に死にに来てください”と、言われているようなものなのだから。

しかし、飛鳥の目は真剣そのもので、砂亜羅も、影でいい返事を願っていた。

そんな姿を見て、剛と敦史は、目を合わせて呆れた様子を見せながらも、「しょうがない、わかった。でも少しだけ。長い時間はだめだぞ」

と、言った。

「やったー! ありがとう、桜田君、お兄ちゃん」

と、砂亜羅と飛鳥は、飛び跳ねて喜んだ。

夜、剛が貴史と綾子に向かって「父さん、母さん。ちょっと砂亜羅と二人で散歩してくる」

と、靴を履きながら言った。

綾子が「夜は物騒だからね、気をつけるのよ」

と、言うと、

「大丈夫。ここには、吸血鬼より怖いのがいるからさ」

と、剛は砂亜羅を指さした。

「なによー。もう、信じらんない! それでも兄か!」

砂亜羅は思いっきりむくれた。

靴を履き終わった剛は、砂亜羅を見ながら「そんじゃ、行くかー」

と、笑いながら出て行った。砂亜羅も後に続いて家を出た。

いよいよ、決行のときがきたのだ。

飛鳥が待ち合わせ場所にいるのを見て、砂亜羅が走り出した。

「こんばんは、風上」

「こんばんは、砂亜羅ちゃん。あれ? お兄ちゃんはどうしたの?」

パステルカラーのワンピースを着た飛鳥が言う。

あれ? と、後ろを振り向くと、剛と敦史が一緒に来た。

「危なっかしいなぁ。夜なんだから女だけでいたらあぶないぞ。あんまり俺達の側から離れるなよ」

と、敦史が言った。

砂亜羅は「それって、一応心配してくれてると思っていいのかな?」

と、少しからかい気味に言った。

「えっ? あっ。え―っと、と、とにかく、一緒にいた方が多少は安全だからな。勝手にはぐれて、吸血鬼に襲われても、助けらんねぇから」

と、敦史は背中を向けた。街灯の下を通った敦史の耳が、遠くから見ていてもわかるくらい赤く染まっている。

「照れるな、照れるな」

と、言いながら、砂亜羅は敦史に抱きついた。

「お熱いですねぇ」

「行こうか」

残された二人も後に続いた。

学校の前まで来ると、砂亜羅たちは足を止めた。

「うわぁ。夜の学校って怖いね」

飛鳥と砂亜羅が、薄暗い学校を見上げながら言った。

「確か、今日は教頭先生が最後だと思うけど……」

「じゃぁ、職員室の前は通らない方がいいよね」

そんな会話を小声でしながら、砂亜羅たちは校内に入っていった。一度、職員室をこっそりのぞいて、先生がいることを確認したら、

「よし、大丈夫。行こう」

という剛の声に砂亜羅たちは二階、三階へと階段を上がっていった。

「——吸血鬼、出てこないね」

しばらくして、飛鳥が言い出した。

「うん」

と、砂亜羅もつまらなそうに返した。

「どうする?」

砂亜羅が言うと、

「そろそろ帰るか」

と、剛と敦史が歩きだした。砂亜羅たちもそれに続こうとした、——その時。

「あー!」

と、砂亜羅がつい大声を出してしまった。

剛たちは、びっくりして振り向き「なんだよ、いきなり……」

と、砂亜羅を見た。

「教室に忘れ物してたの、すっかり忘れてた。ちょっと取りに行ってくるね」

そう言って砂亜羅は走り出していってしまった。

「あっ! ちょっと待て、砂亜羅! ……ったく、剛、悪いけど先に行っててくれ」

敦史は砂亜羅を追って走り出した。

残された剛と飛鳥は、

「行っちゃった」

と、立ち尽くしていた。

「とりあえず、外に出ようか」

と、剛が歩き出した。

飛鳥が、「あ、はい。でも、大丈夫かなぁ」

と、心配そうに言うと、

「大丈夫だって。忘れ物取りに行ってるだけだし、それに、敦史も一緒だから」

剛が、そう言うと、飛鳥も安心して一緒に歩き出した。

その頃、砂亜羅を追いかけて走っていった敦史が、教室前の廊下を走っていた。

敦史も剛も皆このMI学園の卒業生なので、どこに何の教室があるのかはよくわかる。

砂亜羅の教室は、二年Cクラス。走り出した場所からは近いところにあるので、砂亜羅の足ならもう着いていてもおかしくはない。

敦史は、教室の数メートル手前で、とっさに隠れた。砂亜羅がいるはずの教室から、明らかに砂亜羅とは違う人影が出てこようとしていたからだ。物陰に隠れ、敦史は息を潜めた。

すっ……と敦史に気付かずに通って行く人影に敦史はぞっとして驚いた。

「吸血鬼……」

まだ信じられないくらいの気持ちになった。だが、今、目の前を通った人影を見間違えるわけがない。敦史は、しばらくその場を動けなかった。

砂亜羅……」

敦史は我に返ったように教室に飛び込んだ。

砂亜羅。どこにいるんだ! 砂亜羅!」

誰もいない教室に、敦史は膝をついた。

外へ出てきた剛と飛鳥は、校舎を見つめて、冷たい肌をさすっていた。

砂亜羅ちゃんたち、遅いなぁ」

「吸血鬼に追われてたりして」

剛が、軽い気持ちで言うと——。

「ぅわあぁぁ。助けてくれ! ぎゃぁぁーっ!」

「——! 今のは?」

「行こう! 砂亜羅ちゃんたちが!」

飛鳥の声に剛が走り出した。

校舎内に入って階段の前を通った時、ドンッ……と、誰かにぶつかって剛が倒れた。

「痛っ——! あ、剛、お前外に出たんじゃ——」

ガシャン! と、ガラスの割れる音がした。驚いた三人は、急いで立ち上がり職員室へ続く廊下に出た。そこには、二つの影があった。

砂亜羅……?」

敦史が、恐る恐る声をかけると、影の一つがゆっくりと振り向いた。

砂亜羅ちゃん!」

飛鳥が走って行って、砂亜羅に抱きついた。

砂亜羅ちゃん、大丈夫?」

涙目の飛鳥が言った。

その時、ふぬけた様子の砂亜羅が、

「あれっ? 風上、どうしたの? ここどこ? 私、今まで教室にいなかったっけ?」

と、言った。

砂亜羅の言葉に敦史は「嘘だろ……」

と、声を漏らした。

「敦史、どうした?」

剛が、うつむいている敦史に声を掛けた。

「いっ、いや、何でもない……」

敦史は、ぎこちなく答えた。

「きゃぁぁー!」

突然、飛鳥と砂亜羅が叫んだ。

「どうした!」

剛たちが砂亜羅たちの所に行くと、壁に先生が倒れかかって死んでいた。

「うわぁぁー!」

思わず叫んだ二人は、慌てて携帯電話で警察を呼んだ。

すると、——バサッ! と、砂亜羅が急に倒れた。飛鳥たちはびっくりしたが、とりあえず学校中の電気をつけて砂亜羅を休ませた。

剛たちはパトカ―の音がだんだん近づいてきたのに気付いて、この場所を案内した。

砂亜羅ちゃん、大丈夫?」

飛鳥が、砂亜羅を抱えながら言った。砂亜羅が目を覚ました時には、もう警察の人も野次馬もたくさんいて、夜の学校は光りに包まれた。

砂亜羅が……吸血鬼なのか……?」

と、敦史の中に、一つの疑惑を残して——。