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「なあ、花音って髪染めてるの? ずっと気になってたんだけど」

帰り道、浩は荷物を手に花音に話しかけた。

「髪? ううん。地毛だよ。茶色いから、よく間違えられるけどね」

「そうなんだ。染めてるにしては傷んでないから。綺麗だな」

「あ、ありがと」

自然に言う浩の言葉に、花音はドキドキしながらゆっくり隣を歩いた。

荷物が少し重いせいもあるだろうけど、家に帰れば、二人きりではなくなる。少しでも長く一緒にいたくて、街の中をゆっくり歩く。

二人は、足を止めた。

「この信号って、変わるの遅いのよね」

と、花音はため息混じりで言った。

「ちょっと、待ちなさい! カズキっ!」

信号待ちの人混みの中、ベビーカーと荷物を抱えた母親らしき人が道路に向かって大きな声をだした。

声の先に視線を向けると、五歳くらいの男の子が転がるビー玉を拾おうと、今にも車道に出て行くところだった。

(————これは!)

浩は、花音が死んだ時と同じ場面に来ている事に気が付いた。既に走り出しそうな花音の腕を掴み、自分の荷物を押し付ける。

「花音、絶対に動くな!」

キキィーッ!

物凄いブレーキ音が、付近の人たちの耳に届いた。

一瞬の静寂の後、泣き叫ぶ男の子の声が、花音の耳に聞こえていた。

(————な……に……?
 浩が倒れてるよ? 浩が……)

「う……そ……」

母親が子どもを抱きしめて、倒れている浩に向かって声を掛けている。

浩はピクリとも動かない。どんどん人が集まり、浩の姿が見えなくなる。

散らばった荷物の上に、手に持っていた買い物袋が落ちて、我に返った。

「浩!」

集まり始めた人を掻き分けて、中心にいる浩の横に膝をついて抱き上げる。

「浩! 浩!」

必死に名前を呼ぶ中で、人ごみの中から男が、「誰か! 早く救急車を!」

と叫んだ。一気にあたりが騒々しくなった。

「か……のん……」

「——!」

「ごめん……な。ずっと……側にいてや……れなくて」

コンクリートの地面に、どんどん浩の血が広がっていくのが見えた。

「や……だ……。変なこと言わないで! 死なないで! 死なないでよっ!」

泣きながら、花音は浩の頭を抱きしめる。

頼りなく持ち上がった浩の手が、花音の腕をそっと掴む。

「顔を…見せてくれないか?」

と、浩が囁いた。——とても、優しい声で。

花音は、涙でぼろぼろの顔を浩に見せた。

「……俺が、俺が見たいのは、そんな顔じゃないよ……」

浩は、微笑むと、花音の頬に手をあてて、

「笑って……花音。俺は、笑顔が見たい」

と、涙を滲ませながら、必死に言った。

花音は、言われるまま、必死に笑って見せた。

「そう……。その顔が……見たかった……。そのまま……その笑顔でい……て————」

そう言って、浩は目を閉じた。

散らばったままの、二人で買った食材。
 泣く子ども。
 遠くから聞こえてくる、救急車のサイレン。
 誰かが、何か言ってる。
 浩……?
 あなたが触れた頬には、こんなにもあなたの感触が残ってるよ……。